大崎市長 伊藤康志

ウマ年 お薦め探訪 

大崎市内には、今年の干支「午(馬)」に由来する地名やスポットが沢山あることにお気付きでしょうか?

馬は100万年以上前に誕生した動物で、日本に渡来したのは弥生時代末期だと言われています。人間とのかかわりの中で、軍事・輸送・農耕・娯楽・スポーツなどに大きな役割を果たしてきました。 

馬に由来する市内の地名を探ると、大字では、大崎軍と伊達軍の戦いの際、中国の古例に倣い乗用馬を放したことから地名となった「馬放(まはなし)」。馬の放牧地・寄せ場であった「馬寄(まよせ)」。池や沼、川べりを指すアイヌ語とも言われる「馬櫛(まぐし)」。小字では、騎馬の教練場であった「馬場(ばば)」。馬の霊を慰める「馬頭観音」など、20カ所以上もあります。

馬に関連するスポットでは、古川馬車鉄道の起点を伝える「古川馬車鉄道記念時計台」「古川馬車鉄道デザインフェンス」が台町にあり、鬼首の荒雄川神社には、明治天皇の御料馬であった金華山号を祀る「主馬(しゅめ)神社」が鎮座しています。中山平には、大正天皇献上馬「玉鳴号(たまなるごう)像」があり、かつて馬産地であった川渡には「馬市」跡地があります。

俳聖松尾芭蕉が「尿前の関」を越え、「封人の家」で詠んだ句「蚤虱(のみしらみ)馬の尿(ばり)する枕もと」からも伺えるように、当地方は、人馬が寝食を共にしてきた生活背景が色濃くあった地であることが分かります。

午年の今年、古くから続く生活の積み重ねの中で生まれた、馬に由来する地名やスポットを訪ね、地域の歴史や文化を回想することをお薦めします。