遮光器土偶大崎市の国指定文化財のうち、最も古いものは、縄文時代のもので「遮光器土偶」、「中沢目貝塚」(田尻)があります。

「遮光器土偶」は、恵比寿田遺跡で出土した縄文時代晩期の数少ない完成品の遮光器土偶で、現在は東京国立博物館で所有しています。

「中沢目貝塚」は、北に蕪栗沼を望む丘陵上に立地する淡水産貝塚です。縄文時代後・晩期の内陸部の貝塚で、多くの装身具・土面が出土し、さらに石鏃を固定したままの根挟みの発見があり注目されました。

弥生時代では、権現山遺跡・苔の谷地遺跡(古川)で石包丁が出土しており、既にこの時代に稲作が始まっていたことが明らかです。

古墳時代では、前期の前方後円墳となる可能性のある市指定の青塚古墳(古川)、その他にも集落となる留沼遺跡(古川)などがあり、この時代に遺跡の数も増加しています。

続く古代(飛鳥・奈良・平安時代)においては、質・量とも豊富な内容のものがあり、国指定のものだけでも5件あります。「名生館官衙遺跡」、「宮沢遺跡」(古川)は、古代の城柵・官衙遺跡で、「名生館官衙遺跡」は国府多賀城よりも古い役所跡で、宮沢遺跡は多賀城を凌ぐ規模の城柵です。「大吉山瓦窯跡」(古川)、「木戸瓦窯跡」(田尻)は多賀城の創建瓦を構成した窯跡です。また、「山畑横穴群」(三本木)は古墳時代終末期から奈良時代の横穴墓群で、北限の装飾横穴として知られています。

その後の中世・近世は、大崎氏・伊達氏の支配下でこの地方は発展していきます。近世の旧有備館及び庭園(岩出山)は、岩出山伊達家の下屋敷が後に学問所・有備館となったもので、庭園も建物と調和した名園として著名です。

陸奥上街道(岩出山)及び出羽仙台街道中山越(鳴子)は、いずれも松尾芭蕉の「おくのほそ道」の舞台となった街道であり、旧道がよく遺存しています。

天然記念物としては、わが国唯一の自然間歇泉である鬼首の雌釜および雄釜間歇泉(鳴子 現在休止中)と、稀に見る巨木として知られる 祇劫寺(ぎこうじ)のコウヤマキ(田尻)があります。

以上の他にも県指定文化財14件、市指定文化財89件、登録文化財13件があり、さらに未指定の膨大な量の各種文化財が市全域に存在します。

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