旧有備館および庭園

更新日:2023年08月03日

旧有備館および庭園の沿革

伊達政宗は、天正19年(1591)に米沢から岩手沢に居城を移し、岩手沢を岩出山と改めました。慶長6年(1601)、さらに仙台城に移り、岩出山は政宗の四男宗泰(むねやす)を初代とする岩出山伊達家が代々伊達一門として治めました。

「有備館」は、江戸時代の仙台藩家臣である岩出山伊達家が開設した郷学(学問所)で、開設されたのは10代邦直が当主であった嘉永3年(1850)ころと考えられます。庭園内にある建物「御改所(主屋)」は、2代宗敏の隠居所として延宝5年(1677)ころに建てられたとする説が有力です。

「庭園」は、正徳5年(1715)ころ、4代村泰の時代に整備されたと伝えられています。仙台藩茶道頭、石州流三代清水道竿の作庭で、岩出山城本丸の断崖を借景として池中に島を配した廻遊式池泉庭園で、中には300年以上の樹木があり、四季を通して緑や花などで庭の変化を楽しむことができます。

昭和8年(1933)に国史跡および名勝の指定を受け、昭和45年に岩出山伊達家から旧岩出山町へ移管されました。

平成23年(2011)3月11日に起きた東日本大震災により「御改所(主屋)」が倒壊し、「附属屋」は壁や屋根に被害が及び、庭園の各所に地割れや陥没の被害がありました。平成25年(2013)11月から平成27年(2015)3月まで御改所(主屋)・附属屋等の災害復旧工事を実施し、平成28年(2016)3月には正門復旧工事が完了しており、公開を再開しています。

伊達政宗と岩出山

伊達政宗は、天正19年(1591)に豊臣秀吉の奥州仕置により岩出山にやってきました。

それまで岩手沢城と呼ばれていた城は、秀吉の命により東北に来ていた徳川家康によって修復され、政宗の新しい居城とするよう勧められたといわれています。

米沢から岩手沢城に移った政宗は、岩手沢を岩出山と改め、ここに12年間治府を置きました。

関ヶ原の戦いの後、家康から新たな領地を与えられた政宗は仙台に城を築き、慶長7年(1602)に居城を移した後は、四男の宗泰を岩出山の領主(1万5千石)としました。

旧有備館および庭園ウェブサイト

旧有備館および庭園の休館日・開館時間・入館料・アクセス・撮影などの申請に関することは、ウェブサイトで案内しています。

また、ウェブサイトでは、企画展やイベントの情報を随時更新しています。多言語(英語・繁体字)の表示やスマートフォンでの閲覧にも対応しています。

日本語版

繁体語版

英語版

事前の減免申請について

全額減免

  • 市内の幼稚園、小学校、中学校おける授業としての幼児、児童生徒の学習活動。児童生徒および引率の指導者
  • 市または教育委員会(市または教育委員会の委託を受けたものを含む)が主催する事業のために利用する場合
  • その他教育長が特に必要と認めた場合(事前に岩出山公民館へお問い合わせください)

申請方法

  1. 申請前にお問い合わせください。その後に、以下の様式をダウンロードしてください。
  2. 減免申請書に必要事項を記入し、見学の1週間前までに申請してください。

申請書類の提出先

岩出山公民館

問い合わせ先

岩出山公民館(スコーレハウス)

電話番号 0229-72-0357

旧有備館および庭園

電話番号・ファクス番号 0229-72-1344

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