平和作品コンクール(令和7年度)

更新日:2025年12月22日

小・中学生平和作品コンクール(令和7年度)

大崎市では、子どもたちの平和に対する思いや考えを発表するコンクールを毎年実施しています。

令和7年度は、絵画部門と作文部門で募集しました。小・中学生合わせて計127作品の応募があり、審査の結果、絵画部門の11歳~15歳の部では、最優秀賞として古川東中学校2年 佐藤百加さんの「見えるセカイは」が選ばれました。作文部門の小学生の部では、最優秀賞として古川第一小学校6年 岡本瑠生さんの「ぼくにとっての平和って」、中学生の部では、鳴子小中学校8年 近岡里依紗さんの「平和のために」が選ばれました。入賞作品は下記のとおりです。

絵画部門 11歳~15歳の部

令和7年度「小・中学生平和作品コンクール」表彰式絵画部門11歳~15歳の部写真
絵画部門(11歳~15歳の部)

結果

題名 学校名・学年 氏名(敬称略)
最優秀賞 見えるセカイは

古川東中学校・2年

佐藤 百加(さとう ももか)
優秀賞

折り立つ平和

古川東中学校・2年

竹内 咲希(たけうち さき)

作文部門 小学生の部

令和7年度「小・中学生平和作品コンクール」作文部門小学生の部写真
作文部門 小学生の部
結果 題名 学校名・学年 氏名(敬称略)
最優秀賞 ぼくにとっての平和って 古川第一小学校・6年 岡本 瑠生(おかもと るい)
優秀賞 平和とはなにか 松山小学校・5年 佐藤 琉生(さとう るい)
優秀賞 私が平和について考えたこと 古川北小学校・6年 今野 悠芽(こんの ゆめ)

作文部門 中学生の部

令和7年度「小・中学生平和作品コンクール」表彰式中学生写真
作文部門 中学生の部
結果 題名 学校名・学年 氏名(敬称略)
最優秀賞 平和のために 鳴子小中学校・8年 近岡 里依紗(ちかおか りいさ)
優秀賞 「平和な世界」を作るには

鳴子小中学校・9年

岸 奏和(きし そわ)
優秀賞 私が考える平和 古川中学校・2年 菅野 菫玲(かんの すみれ)
優秀賞 戦争の恐ろしさと平和のありがたさ 鹿島台中学校・2年 金子 心架(かねこ このか)

平和作品集

絵画部門 11歳~15歳の部

●最優秀賞 「見えるセカイは」 古川東中学校2年 佐藤百加

絵画部門11歳~15歳の部最優秀賞 「見えるセカイは」 古川東中学校2年 佐藤百加
優秀賞 「折り立つ平和」 古川東中学校2年 竹内咲希
絵画部門11歳~15歳の部優秀賞 「折り立つ平和」 古川東中学校2年 竹内咲希

作文部門 小学生の部

●最優秀賞 「ぼくにとっての平和って」 古川第一小学校6年 岡本 瑠生

ぼくは、平和とは何かと聞かれた時に一番最初に思いついたことは、戦争がない世界が平和だと思いました。戦争とは、国と国が争うことだと思います。ぼくの周りには戦争を体験した人はいません。しかし、ニュースや新聞ではロシアとウクライナが今も戦争をしています。昔は日本にも原子ばくだんが落とされたり、大空しゅうで被害を受けた人もたくさんいたそうです。

ぼくは、戦争をしてもケガをしたり、亡くなる人が多くいるのになぜ戦争が起こるのか疑問に感じました。ぼくは、図書館に行って戦争が起こる原因について調べてみることにしました。戦争が起こる原因は、一つだけではなく、様々なことが重なって起きていることが分かりました。その中には、石油などの資源をめぐるための戦争や、国の勢力を大きくするための戦争などがありました。

なぜ戦争は起きないといけないのでしょうか。みんなが仲良く助け合いながら生活をしていけば、戦争は起きないと思いました。これは、国と国の話ではなく、その地域と地域、または人と人にも当てはまると思います。

ぼくは、友達と遊んでいた時に意見の食い違いで口げんかをしたことがありました。その時は、(なんでぼくの意見を聞いてくれないんだ。めんどくさいなぁ。)と思いながら口げんかをしました。その時は別の友達に間に入ってもらってけんかは終わりました。今考えると、とてもイライラしていました。自分の意見だけが正しいとばかり思っていました。友達の意見もよく聞いてみればよかったと思います。口げんかの間に入ってくれた友達がいなかったらけんかはいつまで続いていたのかと思うとこわいです。今、ロシアとウクライナの戦争はまだ終わりが見えていないそうです。戦争をしている国同士はイライラして冷静ではいないと思うので、周りの国々が助け合って早く戦争が終わるといいなと思います。

今年は、太平洋戦争が終わって八十年です。広島県や長崎県に原ばくが落とされて、今もかなしんでいる人がいます。ぼくは、エアコンの効いている家の中でかきのたねを食べながらゲームをしている時が幸せだなと感じます。小さい幸せがたくさん集まれば、心にもよゆうができて少しくらいのイライラも感じなくなると思います。小さい幸せを幸せだなと感じることが多くなれば、平和にもつながるのではないかと考えています。

優秀賞 「平和とはなにか」 松山小学校5年 佐藤 琉生

ぼくの考える平和とは、戦争や争いがないこと、差別がないなどの楽しくくらせていけることだと考える。また、家族といっしょにくらせること、暖かいふとんでねられること、友達といっしょに勉強や遊ぶことができること、安心して学校にも通うことができるのは平和だからだ。今は平和だとしても昔は平和ではなかった。昔は戦争をしていて、戦争で亡くなる人や悲しむ人々が多くいた。

平和を実現するためには、思いやりの心を持ち、身近な人から関わりを大切にすることや、戦争をほうきし、決まりを守り、原子ばくだんのような恐ろしい兵器を使わないように呼びかける。日本が経験した「ひばく」という悲しい出来事を二度とくり返さない。遠い国で争いがおきたとしても、わずかなことでも自分たちのできることから、平和のために行動する。みんなの力が集まれば何かかわることもあるかもしれない。

平和のために自分でできる身近なことは何か。ぼ金活動に参加し、まずしい国の人々にしえんをする。人の温かさや、感しゃの気持ちを大切にし、同じ国の人だけでなく他の国の人にもやさしく接する。歴史的に問題があっても決して戦争や争いをおこしてはいけない。

戦後八十年の今、母が曾祖父の戦とう機に乗る姿の写真を見せてくれた。映画で見たような服そうだった。父方の曾祖父は、中国戦線で戦い、東南アジアに向かう直前に終戦をむかえたと聞いた。

戦争はただとつげきするだけではなく、作戦を考え、行動するものという。戦争になる理由は資源の問題にもある。だから昔、日本とアメリカで戦争があった。他にもいろいろな国が資源の問題で戦争をおこしたという。

今のぼくたちのような子供は、戦争のつらさをしらない。昔、戦争している時は食料もなく、ふ通の生活ができないという苦しみがあったのだ。ぼくは、戦争がきらいだ。ただの殺し合いだからだ。

ぼくの曾祖父たちが生きていてくれたおかげで今のぼくたちがある。その曾祖父たちも、若い時にもっと楽しくいろいろなことをして生きたかっただろう。これからという時に、戦争に行かなければならないとなった時の気持ちは、今のぼくには想像もつかない苦しみだったと思う。

だからぼくは、二度と戦争がおきないことをねがっている。

これからは、戦争を語り伝えていく人がだんだん少なくなっていくだろう。ぼくも父、母から聞いた曾祖父の体験などを自分の子供や孫にも伝えていかなければならないと考えた戦後八十年目の夏休みだった。

優秀賞 「私が平和について考えたこと」 古川北小学校6年 今野 悠芽

私が思う平和は、いじめや差別、戦争がないことだと思います。令和五年度のいじめの件数を調べたところ、七十三万二千五百六十八件と過去最多でした。また、重大事態と認定された件数も千三百六件と過去最多でした。いじめをした人も、された人もいい気持ちにはなりません。いじめと同じく、戦争をしていて楽しいことは一つもないと思います。私もテレビなどで、戦争の様子を見ていていい気持ちにはなりません。「なぜ戦争をしてしまうの?」と戦争の様子を見ていていつも思います。なぜ戦争をするのか調べたところ、領土や資源の争だつ、政治的な対立、民族や宗教のちがいなどでした。そんな小さな思いが人々の平和を失う、大変なことになってしまうのは、私も世界中の人も悲しい気持ちになります。では、今の日本を平和だと思っている人はどのくらいいるのでしょうか。とても平和だと思っている人は、たったの十七・五パーセントでした。それに比べて、全く平和だと思わない人は、九・七パーセントでした。次に、今の世界を平和だと思っている人はどのくらいいるのでしょうか。とても平和だと思っている人は、たった四・一パーセントと、とても少なかったです。それに比べて、全く平和だと思わない人は、二十九・七パーセントと、とても多かったです。この結果から、今の世界は平和ではないということがよく分かります。私も、今の世界は平和ではないと思います。これから、世界中を平和にするために私達が出来ることは、だれにでも差別をしないで、思いやりを持って行動する。少額でもぼ金をする。戦争や平和について少しでも興味を持つ。戦争体験者から話を聞く。選挙に参加する。この他にも私達が出来ることは、たくさんあります。世界を平和にするために、小さいことでも取り組んでいくことが、大事だと思います。今、健康に好きなことが出来て、家族と暮らせているこの環境に感謝しながら、生活していきたいです。そして、今の世界が平和になることを願っています。

作文部門 中学生の部

●最優秀賞「平和のために」 鳴子小中学校8年 近岡 里依紗

皆さんは平和と聞くとどのようなことを考えますか。戦争やいじめのない明るく穏やかな争いのない世界を私は思い浮かべます。

では、反対に戦争やいじめなどが多くあるとどう感じるでしょう。私達の知らないところでそれは起きています。

戦争が起きている国ではたくさんの人々の悲しみ、苦しみがあります。では、いじめはどうでしょう。相手のことを考えず一方的に嫌な目に合わせる。戦争といじめ。規模がちがうだけで同じ、人々を苦痛に追い込む争いなのです。平和にしていくために私達ができること、それは知ることだと思います。過去に日本や世界でどんなことが起きたのかを知らなくてはいけないのです。

私は、一九四五年、今から八十年前の沖縄戦についてテレビで見たことがありました。

沖縄戦について話したインタビューでした。その方が子供の頃のお話でした。戦争は三か月続いたそうです。この期間で亡くなった人は二十万人を越えました。

私は、どんどん話を聞いていくうちに恐ろしい真実を知りました。それは、沖縄で今も爆弾によって多くの人が亡くなっているということです。最初はどうして八十年前に終わった争いが今も続いているのか意味が分かりませんでした。「多くの人々が命を落としている原因は、不発弾です。」とその方は話しました。八十年前に沖縄に落とされた砲弾は今も埋まっているそうです。

その方が子供の頃、戦争は終わりを迎えたのに、その後、埋まっていた不発弾で大怪我をしたそうです。

私は思いました。一度傷をつけてしまったものは治らないのだと。人々の心の傷、本当にできてしまった大怪我も完全には治らないでしょう。さらに不発弾や地雷が埋まっているために不毛の土地が広がっているところもあります。いじめも同じで、一回でもいじめられたら、相手が謝ったとしてもやられたことを忘れることができません。この終わったあとも不幸が続く戦争の話を聞いて、私は相手のために今自分ができることを見つめ直すことが大切だと思いました。

戦争の消えることのない傷を消す努力だけでなく、傷をつけないために、傷ついた人の話を聞き、広めていくことが大切だと思います。まずは知ろうとすること、それが何よりも大事だと思います。平和のために。

優秀賞「『平和な世界』を作るには」 鳴子小中学校9年 岸 奏和

「戦争がないから平和。」

小さい頃からそう聞いてきた。でも、それだけで世界は平和になるのだろうか。それだけでは足りない気がしている。

たとえば、友達と話しているとき。少しの言葉で傷ついたり、逆にその言葉で救われたりすることがある。教室での空気がピリッとすると、なんだか居心地が悪い。逆に、明るい雰囲気だったり、先生が冗談を言ったり、誰かが思いきって笑わせてくれたりすると、空気がふっとゆるんで教室が和む。そういう小さなことにも、「平和」が関係しているのではないかと思う。

なんとなく毎日ギスギスしていたり、誰かがいつも一人ぼっちだったり。大声で怒鳴る人がいたり、いつも無理して笑っている人がいたり。それは戦争とは違うけれど、心の中は平和ではないと思う。

学校も家も、毎日がまあまあうまくいっているような感じに見えても、心の中は案外バタバタしている。なにもかも全然うまくいかないときだってあるし、誰だって落ち込むときがある。でも、「相談にのろうか」と言えたり、「ありがとう」と言えたら空気が変わる気がする。たったそれだけかと思うかもしれないが、誰かの気持ちを想像して、きちんと伝えようとすることが大切だ。たったそれだけでも、平和が広がるのではないかと思う。教室の雰囲気は、誰か一人のせいでもなければ、勝手にできあがるものでもない。みんなの空気でできている。だからこそ、誰かの一言や態度、行動がすごく大きな力をもっているのだと思う。

ニュースでは、大人たちが「世界平和」について話し合っているけれど、私たちの日常にも「平和をつくる力」はあると思う。誰かを気にかける、教室の空気を少しでも良くする。無理に笑わせなくても、そばにいるだけでも違うと思う。そういう小さな積み重ねが、本当に平和や幸せにつながる気がする。

世界は広いけれど、平和のはじまりは、たぶんすごく身近な場所にある。平和になり幸せが生まれる。世界が平和になることは難しいことかもしれないし、たった一人の力では世界を変えることは不可能だろう。でも、私たち一人ひとりができることを探し、行動する。それが、平和への第一歩なのだと思う。

優秀賞「私が考える平和」 古川中学校2年 菅野 菫玲

平和とは、争いや戦争がなく、みんなが笑顔で暮らせることだと、私は思います。

今年で戦後八十年。

夏休み中にテレビ番組でいろいろな映画を見ました。八月六日に広島、八月九日に長崎に原子爆弾が投下されたこと、八月十五日の終戦の日のことです。原子爆弾では、甚大な被害が発生し、多くの犠牲者が出ました。被害は一時的なものではなく、放射線による長期的な健康被害で現在もなお、多くの人々に影響を及ぼしているのです。また、空襲によっても、たくさんの被害と犠牲者が出ました。

その中で私は、「火垂るの墓」を見て、兄妹二人で防空壕で暮らしているところが一番心に残りました。お母さんを空襲で亡くし、叔母さんから冷たい態度をとられるようになり、二人で叔母さんの家を出ました。防空壕での暮らしは、最初のころは楽しそうに思えました。二人で、ご飯の準備をしたり、ほたるをつかまえて、防空壕の中を明るく照らしたりとすごく楽しそうでした。でも、栄養失調により、妹の具合が悪くなり亡くなってしまいました。その後、しばらくして兄も亡くなりました。戦争のため、食材が少なくなり、食べることができないのはとても、辛くて苦しくなりました。

特に小さな子どもたちが、お腹を空かせて泣いている姿を見ると、胸が締め付けられるような思いがしました。毎日、生きることさえ難しい状況の中で、人々は必死にわずかな食べ物を分け合いながら、生き延びようとしていました。それでも、どんなに努力しても空腹は癒えず、体力も気力も少しずつ失われていきました。平和な日常がどれほど尊いものだったのかを改めて痛感する毎日でした。

お腹いっぱいご飯を食べられることや、家族と笑い合える時間が、どれだけ幸せなことだったのかが分かりました。

今、こうして当たり前のように過ごしているのは、決して偶然ではありません。それは、私たちが生まれるずっと前、命をかけてこの国の平和を守ろうとした、多くの人々の尊い命の犠牲の上に成り立っているのです。学校で勉強をしたり、友達と笑い合い、家族と共に温かい食卓を囲めること。この当たり前だと感じてしまう日常こそが、戦争という悲劇を経験した先人たちが、私たちに残してくれた、何よりも大切な贈り物なのだと、改めて心に刻むべきだと思います。戦争の歴史を知ることは、単に過去を学ぶことではありません。それは、平和な未来を築くための私たち一人ひとりの責任なのだと思います。今世界では、まだ争いが続いています。だからこそ、私たちは、この平和な国に生きる者として、小さな争いや差別にも目を向け、一人ひとりが互いを尊重し、理解し合う努力を続けることが、最も重要なのではないでしょうか。この平和が、永遠に続いていくように、私たちは語り継ぎ、行動し続けなければならないと思います。

優秀賞「戦争の恐ろしさと平和のありがたさ」 鹿島台中学校2年 金子 心架

一九四五年八月六日、広島に原子爆弾が投下されました。それから八十年がたちます。でも、世界では今も戦争が起きています。私は戦争を経験したことはありませんが、戦争は絶対にしてはいけないと思います。

先日、学校で戦争に関する展示がありました。そこには、戦争の恐ろしさを伝える絵や、核兵器についての資料が並んでいました。特に心に残ったのは、戦争の様子を描いた絵です。赤い色がたくさん使われていて、血や炎を表しているのだと分かりました。絵なのに本物のようで、とても残酷で、もし自分がその場にいたらと思うと怖くて直視できませんでした。先生から、「もっと残酷な絵もあったけれど、展示には出していない」と聞いたとき、実際の戦争がどれほど悲惨だったのかを考えて、胸が苦しくなりました。

その展示を見た後しばらくして、授業で向田邦子さんの「字のない葉書」を読みました。一九四五年の東京大空襲の後、文字の書けない妹が学童疎開することになり、母は当時貴重だったキャラコで肌着を縫って名札をつけ、父はたくさんの葉書に一文字一文字丁寧に自分宛ての宛名を書き、元気な日はマルを書いて、毎日一枚ずつポストに入れるように伝え、妹に持たせるという話でした。現在のように簡単に連絡が取れなかった時代に、まだ幼い女の子が家族のもとを離れて疎開することや、幼い娘の無事を願い、自分たちのもとから離さなければいけないことが、どんなに寂しく、悲しく、つらかったことでしょう。展示で見た戦争の絵を思い出し、あの恐ろしい戦争から家族を守るために、家族みんながつらさをこらえていたのだと思うと、心が痛み、胸が強く締めつけられるように感じました。今、私が過ごしている日常は、多くの人の犠牲や平和への願いの上にあるものだと分かりました。私は、家族と一緒にご飯を食べたり、友達と笑い合ったりする今の毎日が、とてもありがたいことだと気づきました。平和は当たり前ではなく、多くの人に守られているからこそ成り立っているのだと思います。戦争は、もう二度と起こってほしくありません。展示で描かれていた苦しみや、「字のない葉書」に出てきた不安や寂しさを、未来の人に経験させてはいけないと思います。私にできることは小さいかもしれませんが、学んだことを忘れずに語り伝えることや、身近なところで思いやりを持つことが、平和につながるのではないかと思いました。今回の展示と授業は、私にとって忘れられない学びになりました。私はこれからも、戦争の恐ろしさと平和の大切さを心に刻みながら生きていこうと思います。

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